《 第14回瀬戸のお雛めぐり・窯垣の小径 》


 <ひなミッド〜まるっとひな壇かざり〜>
「陶のまち瀬戸のお雛めぐり」メイン会場である瀬戸蔵1階に、高さ4mのピラミッド形の巨大ひな壇「ひなミッド〜まるっとひな壇かざり〜」が今年も登場しました。  約1000体の陶磁器・ガラスでできた個性あふれる新作手づくり雛や、市民のみなさんによる染付雛、瀬戸窯業高校の生徒・愛知県窯業技術専門校の訓練生による絵付け雛などが並んでいます。
『第14回陶のまち瀬戸のお雛めぐり』は、1月31日(土)〜3月8日(日)まで!
<その他のオススメ情報>
★ボランティアガイドによる「みどころガイドツアー」 無料です!
毎週金・土・日曜日開催 (10:30瀬戸蔵集合、所要時間:約1時間半、事前予約不要、)
★お雛さまづくりの体験教室 週替わり(絵付け・染付・手びねり等)で自分だけのオリジナルお雛さまをお作りいただけます。




 < 雛人形の歴史 >
・雛祭りは、もともと古代中国において三月の最初の日に、災いを祓う行事が起源と考えられています。 わが国には七世紀頃に伝わり、平安時代にはお祝いとして宮廷の年中行事となり、定着されました。
雛祭りは江戸時代になると盛んになり、特に江戸後期から幕末にかけては、贅美を 凝らした雛人形や雛道具が作られました。 幕府がたびたび奢侈の禁令を出し、雛道具 も寸法を厳しく制限すると、それを逆手にとり芥子粒に例えられるほど小さな「芥子雛」や極小の雛道具類が生まれました。 江戸では、細工の細やかさと高価さで知られ、大奥や大名家でも珍重されました。
平安時代始まった寛永雛・元禄雛・享保雛・芥子雛・古今雛・明治雛・大正雛.昭和雛・平成雛の流れを経て、今日も脈々と雛祭りとして定着し続けられてきている。
★昔と今と違う内裏様の並べ方が目につきます
 ・日本古来から、左は右より格が高いとされ、お内裏さまはお雛さまの左、つまり向かって右にお座りになります。 よって京雛は、古来の慣わしに従ってお内裏さまが向かって右側にお座りになっています。
現在一般的な関東雛は、向かって左にお内裏さまがお座りになっていますが、なぜ関東雛はお内裏さまが左側になったのでしょうか。 それには大正天皇が関係しているとされています。明治時代、西洋の流れを受けて国際儀礼である「右が上位」の考え方が取り入れられるようになりました。
大正天皇が即位の礼で、洋装の天皇陛下が西洋のスタイルで皇后陛下の右に立たれた事からこの風習が広まったとされています。
明治天皇の時代から皇居は東京に移っておりましたから関東を中心にこのご即位時のスタイルが定番となっていきました。 全国的にも今はこのスタイルが主流となっています。


問合せ先:瀬戸市まるっと・ミュージアム観光協会  電話(0561)85−2730
住 所:〒489-0813 瀬戸市蔵所町1-1
 せと・まるっとミュージアム公式サイトのホームページです。 http://www.seto-marutto.info/
 瀬戸のお雛めぐりのホームページです。 http://www.seto-marutto.info/hina/
 瀬戸蔵ミュージアムのホームページです。 http://www.city.seto.aichi.jp/
 玩具博物館(お雛様)のホームページです。 http://www.japan-toy-museum.org/
  今年は一人でのんびりとマイペースで、ということで行きましたが、前回行ったときは水曜日で失敗(ここの町は火曜と水曜が休みの場所が多い)
今年は今までで行ったことがない窯垣の小径を歩いてみましたが、ここは場所が判り難かったですね、というのは駐車場の中を通って窯垣の小径に通じていたので、車の方は駐車場の中に入るので、入口の案内がわかるのですが、歩いてだと駐車場の中に入らないので見過ごしてしまいますね、 私もだいぶ歩いてから小道の案内があってまた駐車場まで戻って来ました。以前は古民家・久米亭では上に上がってゆっくりとお雛様の鑑賞ができたのですが、最近は外から縁側越しにしか見ることができないですね、また古民家・旧川本桝吉邸での公開もなくなりちょっとさびしい限りでしたね。 又末広商店街では通りの通路沿いに面して、お雛様が飾ってありました、銀座通り商店街のほうはちょっとさびしかったですね。


瀬戸蔵T・ひなミッド
瀬戸蔵U・ひなミッド
瀬戸蔵V・お雛様地上絵
瀬戸蔵W・陶器色々他
案内どころ楽ちん
飛鳥窯・めおと展
窯垣の小径ギャラリー
窯垣の小径資料館・窯垣じぐろ
瀬戸染付工芸館
末広商店街・お雛様T
末広商店街・お雛様U
銀座通り商店街・お雛様T
銀座通り商店街・お雛様U