《 瀬戸のお雛めぐり 》


 <ひなミッド〜まるっとひな壇かざり〜>
「陶のまち瀬戸のお雛めぐり」メイン会場である瀬戸蔵1階に、高さ4mのピラミッド形の巨大ひな壇「ひなミッド〜まるっとひな壇かざり〜」が今年も登場しました。  1,018体の陶磁器・ガラスでできた個性あふれる新作手づくり雛や、市民のみなさんによる染付雛、瀬戸窯業高校の生徒・愛知県窯業技術専門校の訓練生による絵付け雛などが並んでいます。
『第11回陶のまち瀬戸のお雛めぐり』は、2月4日(土)から3月4日(日)まで!
<その他のオススメ情報>
★ボランティアガイドによる「みどころガイドツアー」 無料です!
毎週金・土・日曜日開催 (10:30瀬戸蔵集合、所要時間:約1時間半、事前予約不要、)
★お雛さまづくりの体験教室 週替わり(絵付け・染付・手びねり等)で自分だけのオリジナルお雛さまをお作りいただけます。


 < 雛人形の歴史 >
・雛祭りは、もともと古代中国において三月の最初の日に、災いを祓う行事が起源と考えられています。 わが国には七世紀頃に伝わり、平安時代にはお祝いとして宮廷の年中行事となり、定着されました。
雛祭りは江戸時代になると盛んになり、特に江戸後期から幕末にかけては、贅美を 凝らした雛人形や雛道具が作られました。 幕府がたびたび奢侈の禁令を出し、雛道具 も寸法を厳しく制限すると、それを逆手にとり芥子粒に例えられるほど小さな「芥子雛」や極小の雛道具類が生まれました。 江戸では、細工の細やかさと高価さで知られ、大奥や大名家でも珍重されました。
平安時代始まった寛永雛・元禄雛・享保雛・芥子雛・古今雛・明治雛・大正雛.昭和雛・平成雛の流れを経て、今日も脈々と雛祭りとして定着し続けられてきている。
★昔と今と違う内裏様の並べ方が目につきます
 ・日本古来から、左は右より格が高いとされ、お内裏さまはお雛さまの左、つまり向かって右にお座りになります。 よって京雛は、古来の慣わしに従ってお内裏さまが向かって右側にお座りになっています。
現在一般的な関東雛は、向かって左にお内裏さまがお座りになっていますが、なぜ関東雛はお内裏さまが左側になったのでしょうか。 それには大正天皇が関係しているとされています。明治時代、西洋の流れを受けて国際儀礼である「右が上位」の考え方が取り入れられるようになりました。
大正天皇が即位の礼で、洋装の天皇陛下が西洋のスタイルで皇后陛下の右に立たれた事からこの風習が広まったとされています。
明治天皇の時代から皇居は東京に移っておりましたから関東を中心にこのご即位時のスタイルが定番となっていきました。 全国的にも今はこのスタイルが主流となっています。


問合せ先:瀬戸市まるっと・ミュージアム観光協会  電話(0561)85−2730
住 所:〒489-0813 瀬戸市蔵所町1-1
 せと・まるっとミュージアム公式サイトのホームページです。 http://www.seto-marutto.info/
 瀬戸のお雛めぐりのホームページです。 http://www.seto-marutto.info/hina/
 瀬戸蔵ミュージアムのホームページです。 http://www.city.seto.aichi.jp/
 玩具博物館(お雛様)のホームページです。 http://www.japan-toy-museum.org/
  瀬戸でお雛様めぐりが始まったというのを聞いて早速調べましたが、金、土、日にボラティアさんによるガイドツアーがあるというので早速行ってきました。
瀬戸電に乗るのは50数年ぶりぐらいで、昔私は土居下のえきから10分たらずでしたので、栄に行くときは大津、名古屋駅は堀川まで行き、市電に乗り換えましたが、 この瀬戸電はよく乗って山郷の駅から森林公園に遊びに行ったので色々な駅名が懐かしかったですね。
回る順路は瀬戸蔵 ⇒ 古民家 久米邸 ⇒ 無風庵 ⇒ 銀座通り商店街(E) ⇒ せと末広商店街 ⇒ 新世紀工芸館で約1時間半ほどでしたが詳細に解説していただきました。 お雛様は享保雛〜現代のお雛様まで色々あって楽しむことができました、近くに招き猫ミュージアム(有料)や新世紀工芸館などもありましたが撮影禁止のとことでちょっとがっかりでした。 帰りにはボランティアの方に瀬戸のB級グルメの瀬戸焼きそば(出汁味風の細麺のしょうゆ味で胡椒をかけて食べると抜群とかで)の店を教えて頂き充実した半日でした。 瀬戸ではこのほかにウナギの美味しいところが多いとかでこれは職人さんが窯などの高温とか力仕事がが多いので栄養補給等でよく食べたのでうなぎ屋さんが多いとかです。


瀬戸蔵T・ひなミッド
瀬戸蔵U・お雛様地上絵
久米邸・お雛様
無風庵・お雛様
銀座通り商店街・お雛様
末廣商店街・お雛様
ミュージアム・瀬戸電
ミュージアム・陶房・他