< 2007東山合掌造り屋根の葺替え >



  名古屋の結平成19年3月に開園70周年を迎える記念事業のなかでも大きなイベントとして植物園内、合掌造りの家の屋根の葺き替えを平成18年10月から平成19年6月まで行なわれました。 この屋根の葺き替えは前回昭和60年に替えて以来21年ぶりとなります。 この合掌造りの家は、白川村で建設された、 鳩ヶ谷ダムで水没することになった大牧という集落から昭和31年10月に東山植物園に移築されました。 白川村でも最大級のこの家は、広さ264平方メートル、高さ10メートルで天保13(西暦1842)年7月に建てられたものです。クギを一本も使わず、柱と柱、柱と梁はネソ(マンサクの木)を使って組み立てられており、屋根は茅(ススキの仲間)でふいてあります。





   1月15日(月曜日)東山植物園の合掌造りの家の葺き替えがスタートしました。 母屋の葺き替えが1月18日、まずは南側から作業が始まり作業の流れは先日に済んでいる、せんちば (便所) と同じ流れです。地元、白川村でも大きい方とされるこの合掌。 まずは表側からハシゴをかけて一番上のムネの部分から古いカヤをめくり始めます。 21年ぶりにカヤが下ろされ始めると腐食した部分まだまだつかえるかなというようなカヤが部分ぶぶんに出てきて、東山植物園内、合掌の痛み具合を実感すること、見ることができました。ムネの部分からは多くのハチの巣がカヤの中に作ってあり、虫の幼虫も出てきました。 虫たちにとってはこの合掌のカヤの中はとても住みやすい場所であることが新しい発見にもなりました。 ムネから裏側のカヤをめくっていくと徐々に見えてくる21年ぶりの骨組が表れてきました。地元の合掌造りの家に比べると火をたく回数や屋根がいぶされた (くんじょう) 回数はすくないものの、いろりでいぶされたススがついた骨組が姿を現しました。もちろんめくったカヤを触ってみると、ススで作業着が真黒になり21年間のほこりもすごかったです。 古いカヤの中でもまだまだ使える物は新しいカヤを葺く時に「すてガヤ」として再利用します。すてガヤとは、カヤの勾配を整えたり、新しいカヤがすべり落ちてこない様に使う事を言います。そのため、めくりながら選んですてるカヤ、使えるカヤをしわけしながら作業を進めていきます。そして骨組みだけの姿になったとき、この大きな家をささえてきた一本いっぽんの柱、そして21年間それをささえつなげてきたネソ、21年間分のスス、ホコリが目の前に姿を表します。 ススやホコリをおとすのにササで作ったすすはらいでおとしながら一本いっぽん、ひとし縛りづつネソや縄など新しいものに結びなおしていきました。屋根をめくったあとの姿はなんともいえない威圧感、合掌造りの家の重みを感じるとともにこの家の歴史を感じました。もちろん裏側からめくり葺いていき片面ずつ完成させていくのですがその骨組みをみれたのもほんの数日間だけでした。 表の屋根めくりの時には地元白川村の「白楽」という飲食・お土産やさんの黒木家のおじさん、おばさん、むすめさんが「結」の心で作業に参加をしてくれました。ここでもまた白川村の人のやさしさや結のすばらしさを実感しました。 手伝いに来てくれた黒木家と東山の合掌造りの家とはおどろいた事に深いつながりがあり昭和31年に移築して来たときに黒木家のおじいさんとおばさんがその際に関係していた事がわかりつながりを知りました。その頃、今回来てくれたおじさんはまだ子どもで裏話しなんですが合掌の前の池で魚釣りをしながら合掌の完成を見ていたそうです。もし白川村に行く機会いがあった際には「白楽」によって当時のことを聞いてみるのも面白いかもしれません。
北側&南側一部
南側&完成
H19.01.15〜02.15
H19.04.7〜06.63